過去のメッセージ
光によって見ることの勧め
山内 薫
私たちは、ごく自然に、われわれの身の回りの物事が何であるか、どのような仕組みでそのようになっているかを知りたいという欲求にかられるものですが、良く考えてみると、「眼によって見る」という視覚という感覚によって、もっとも明確にその欲求を満たしているように思います。ところが、私たちに、たとえその視覚があって、世の中の物質に色彩があったとしても、ある大切なものがなければ、私たちは何も、どんな彩りも見ることができません。その大切なものとは「光」です。
これは、古代ギリシャの二人の哲学者が書き記した文章を組み合わせたものですが、我々人類が自然を探求するために、「光」が無くてはならない存在であることは、古くから認識されていました。そして今、光を用いた科学、そして光に関する技術を基礎とする学術が、これまでに無いほど注目されています。2年ほど前に、第19期学術会議声明「新分野の創成に資する光科学研究の強化とその方策について」が、化学、物理学、生物学、工学、医学にまたがる研究者の学際的な協力によって発表され、それに連携する形で、230人を越える第一線の研究者が執筆した「光科学研究の最前線」(強光子場科学研究懇談会)が出版されました。そして、昨年、第3期科学技術基本計画では、国家基幹技術として「X線自由電子レーザー」が盛り込まれるなど、光科学技術分野への期待がさまざまな形をとって現れてきています。
このような状況に加え、現在の「光」は、実は、古来からの光とは、本質的に異なる面を持ち始めています。レーザーがその代表です。そして、光の位相、波長、強度を自在に変える技術を手にした今、物質を探求するための手段という性格から、物質そのものを変換しそれをコントロールするための手段へと、光の性格の幅が大きく広がりました。そして、当然のように、学際的な協力が、フロンティアの開拓の推進力となっています。
われわれは、自然科学がいかに魅力的であるかを若い世代の学生たちに伝えていく努力をするべきですが、そのとき、「光を通じて見る」という立場は、一つの効果的な方策のように思えます。東京大学では、理学系と工学系が協力して、「先端レーザー科学教育研究コンソーシアム」(略称 CORAL)という光科学の教育研究プログラムを今年度から開始いたしました。電気通信大学と慶應義塾大学とも教育プログラムにおいて連携し、先端光科学技術をもつ、11社の国内の先端企業の協力の下、これまでの学問の垣根を越えた学際的な光科学の講義と実験・実習をすすめることになりました。このようなプログラムが、自然への理解を深めるという、われわれが生まれつき持っている知に対する切実な要求を刺激し、若い世代が科学と技術へ、より強い関心を持ってくれるようになると良いと願っています。
(平成19年7月10日)