過去のメッセージ
西原 寛 先生のご退職に思う
山内 薫
昨年4月1日、私が化学専攻に来て以来二度目の専攻長としての仕事を始めたその日に、西原研究室の准教授をしておられる山野井先生から連絡があった。西原先生のご希望で2020年3月19日に西原先生の最終講義を化学本館5階講堂で、そして、定年退職記念送別会を一ツ橋の学士会館にて開催することとしたい、最終講義と送別会では、専攻長として挨拶をお願いしたいというお話であった。もちろん、一も二もなく、喜んでお引き受けした。
西原先生の最終講義と送別会での挨拶という大役は、専攻長である私にとって、この一年間、片時も頭から離れることのない最も大切な役目となった。化学本館5階講堂の天井の改修工事改修工事が昨年12月に始まって以来、工期が遅れていないかどうか、時折、事務方に確認するとともに、改修中の現場に行って予定通り進んでいることを確認し、きれいに改修された講堂が名誉教授や教員、学生、西原研の卒業生で埋め尽くされた最終講義の場面に思いを馳せた。
ところが、本年2月20日頃から雲行きが怪しくなってきた。新型コロナウイルスの感染の拡大は、日本にも押し寄せ、西原先生ともご相談の上、最終講義と送別会を秋ごろまで延期することになった。最終講義と送別会ご準備に多くの時間を使ってこられた山野井先生と西原先生の研究室の関係者の皆さんの落胆とご心労をお察しし、このような状況となったことにやるせない気持ちのまま年度末を迎えることとなった。しかし、この年度が終わってしまう前に、西原先生のご退職を、化学専攻を代表する立場としてお祝いしたいという私の気持ちを述べたいと思う。
私が本学理学部化学科・化学専攻に学生として在籍していた頃から、4級ほど上の学年には優秀な学生の方々が居られることは知っていた。西原先生はその学年でも特に目立っておられたと聞いている。西原先生は、1982年3月に化学専攻で博士号を取得されたのちに、慶応義塾大学の助手、専任講師、助教授を経て1996年9月より化学専攻の教授として赴任された。
先日、2月15日、我々は専攻教育会議の後、まだ、天井の改修が行われている化学本館5階講堂前のホアイエで、ご退職になる教員の先生を囲んで、簡単な慰労会が開催された。専攻長として私がスピーチをさせていただいて、化学教室は一つのファミリーである、ご退職されて、ご勤務される場所は変わっても、これからもずっとファミリーのメンバーなので、これからも引き続きお付き合いをいただきたいという旨を述べさせていただいた。
西原先生は、それを受けてスピーチをして下さった。その中で、「この20年の間に、化学教室の雰囲気がずいぶんと変わった。当時は、皆、ネクタイを締めていて硬い雰囲気があったが、今は、まさにファミリーということばで表される良い雰囲気となっている。」と発言された。その雰囲気は、10年くらい前から徐々に醸成されてきたものであるように思う。その雰囲気づくりには、多分、西原先生のご貢献も大きいと思う。
当日、専攻教育会議の開催に先立ち、化学本館4階の図書室で来年度の化学専攻のパンフレットに掲載する化学専攻教員の集合写真の撮影があった。西原先生にも写真に入っていただいた。我々にとっては、ごく自然にお入りいただいたのだが、西原先生は、来年度のパンフレットにご自身がお入りになることをご遠慮しておられたらしく、ご一緒に写真に入られたことを喜んで下さった。来年度のパンフレットなので、写真にお入りいただかないという考え方もあったと思う。しかし、ファミリーのメンバーは一緒に居ていただくのが当然である。
西原先生は、いつも柔らかな口調でお話をされるので、私も、いつも堅苦しく無く、お話をさせていただいてきた。西原先生はご自身の研究室の学生に対しても、いつも優しく、学生の自主性を大切にされていると聞いている。また、学部の講義では、西原先生が時折混ぜられるとぼけた冗談に、学生が対応できず心苦しくしていると、西原先生は何事もなかったように、そのまま講義を進められるそうだ。この高度な講義のテクニックに学生が魅せられるためか、西原先生の講義はいつも大変評判が良い。
西原先生は無機化学の中でも配位結合の特徴を生かした「配位プログラミング」という概念に基づいて、「π共役レドックス錯体ワイヤ修飾電極の作製」、 「配位πナノシートの創製」、 「生体コンポーネントを用いるバイオフォトセンサの開発」、 「拡張メタラジチオレン多核錯体系の創製」、 「外場応答錯体や金属ナノ粒子の創製と物性解析」 など多岐に亘る分野を展開してこられた。原著論文375報、英文総説42報、英文著書12冊等非常に多くの研究業績、日本化学会賞や錯体化学会賞など数々の賞のご受賞、そして、この輝かしいご業績とともに、50名を超える博士号取得者をご指導された西原寛先生に、心より敬意を表したい。
ご退職前の最後の年度である 2019年度から特別推進研究を始められたことからも分かる通り、西原先生は、東京大学をご退職するかどうかとは全く関係なく、基礎研究を第一線で推進しておられる。西原先生のご研究のますますのご発展を心より祈念申し上げたい。そして、西原先生には、化学教室のファミリーのメンバーのお一人として、これからも化学教室に残された我々をご指導いただきたいと願っている。
(令和2年3月19日)