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X線自由電子レーザー利用科学の近未来展望

山内 薫

播磨の地に自由電子レーザーが建設され、プロトタイプ機の運転が開始されたことは、短波長領域における高輝度光源の開発とその学術研究への応用という観点において極めて画期的なことである。理化学研究所の播磨研究所の方々が日々努力された成果が結実したものであり、Nature Photonics 誌に掲載された論文[1]は、理研のコンパクトSASE光源が持つ可能性を、理研が持つ独自の技術の高さとともに、世界中に印象付けることになった。

現在はプロトタイプ機の運転が行われ、50~60nm の高輝度光が、ユーザーの実験に供給され、学術的に価値の高い研究が推進されている。われわれの研究チームは、播磨研の先生方と協力し、プロトタイプ機を使った利用研究としては初めての成果を2008年4月にApplied Physics Letters 誌に発表し[2]、プロトタイプ機が分子科学研究をはじめとする様々な利用研究に活用できる優れた性能を持つものであることを証明した。この成果は、Journal of Synchrotron Radiation誌にも播磨における重要な成果として掲載されている[3]。

一方、播磨で建設されたSASE方式のXFEL光源の特性を更に高め、時間的コヒーレンスを付与するための努力もはじまっている。それは、レーザー光をシード光とする方法である。播磨研究所では、フランスのチームと協力し、レーザーによるシード化が可能であることを示し、Nature Physics誌に報告した[4]。これは、波長として160nm付近で行われたものであり、予備的な段階のものであるが、その可能性を示したという意義は大きい。一方、この波長領域であれば、レーザー光で十分に輝度の高い光が得られるので、問題は、極端紫外光領域でシード化ができるかどうか、ということである。

極端紫外光領域では、超短パルスレーザー光発生の技術の発展とともに高輝度化が達成され、その高次高調波によって、極端紫外光領域のコヒーレント光が強く出せることが明らかになっている。特に、理研和光の緑川克美先生の研究グループは、高次高調波の高輝度化に世界で初めて成功した[5,6]。そして、欧米の研究グループは、緑川グループの技術を導入することによって光源開発を進めている。現在、緑川グループでは、エクストリームフォトニクスのプロジェクトの一環として、更に短波長領域での高輝度光源の開発を目指し研究を進めている[7]。

最近の喜ばしいニュースは、理研のこの二つの研究グループ、すなわち、播磨のXFELチームと和光エクストリームフォトニクスの緑川チームが協力し、50~60nm の波長領域で、XFEL光のレーザー光によるシード化のための技術開発が始められたことである。日本の誇るこの二つの技術が融合すれば、極端紫外光領域において、現在の先端レーザー技術をもってしても達成できない程輝度の高い超高輝度コヒーレント光が開発されることになる。そして、極端紫外光領域において、光と物質の「摂動領域を超えた相互作用」に基づく新しい光科学が展開するものと期待される。

また、シード化を達成するためにも、また、シード化されたプロトタイプ機と別のレーザー光源とのポンプ・プローブ実験を行うためにも、XFEL光源とレーザー光との同期技術を確立することが大切である。われわれのチームでは、超短パルスレーザー光とプロトタイプ機のマスター発振器との同期を 2psの精度で達成しているが、ジッターをさらに押さえ込むための技術開発が必要である。なお、超短パルスレーザーとXFEL光の同期実験に向けた努力は、ドイツのFLASHでも盛んに行われているところである[8-10]。

さて、播磨研でのXFEL利用研究では、本機と呼ばれる 8 GeV のXFEL光源を用いた実験に関心が寄せられているものと考えられるが、問題は、それを使ってどのような学術的な研究を行うかという点である。X線領域であるため、当然、X線回折実験への応用が期待されるが、高輝度であるという特性を生かした実験にこそ、研究のフロンティアの広がりが大きいものと期待される。

また、硬X線領域だけでなくて、極端紫外光領域から可視・紫外領域までの高輝度光を同時に発生させる技術も検討されていると聞いている。その場合、極端紫外光領域〜可視・紫外光領域については、プロトタイプ機によって開発が進められているシード化の技術を導入することができる。そして、摂動領域を超えた光電場強度での現象を、ポンプ・プローブX線回折法によって実時間追跡するという手法、すなわち、分子内の原子の位置の変化を時々刻々追跡するという手法によって、分子、クラスター、高分子のダイナミクス研究に新しい地平線が現れるに違いない。

まさに、「野に山に宝積みにし無尽蔵 欲しくらばやろう 働いてとれ」 [11]である。我々が協力して努力を積み重ねれば、XFEL光を利用した学術研究によって、知の宝を次々と手に入れる日も、そう遠くないことのように思われる。

我々の研究チームは、東大の山内グループ、理研の緑川先生のグループ、慶應義塾大学の神成文彦先生のグループ、日本原子力研究開発機構の山川考一先生の研究グループ、高エネルギー加速器研究機構の柳下明先生のグループ、NTT物性科学基礎研究所の中野秀俊先生のグループからなる学際チームである。それぞれのグループが連携し、知識と技術を共有することによって、XFEL光を用いた光科学研究を進めている。播磨へは、東大グループの佐藤尭洋、岩崎純史が頻繁に伺って、播磨研の研究者・技術者の方々に御指導をいただいている。ここに、研究チームを代表して、石川哲也先生、矢橋牧名先生、そして播磨研の皆様の御支援に深く感謝する次第である。

【文献】
[1] “A compact free-electron laser for generating coherent radiation in the extreme ultraviolet region”: T. Shintake, H. Tanaka, T. Hara, T. Tanaka, K. Togawa, M. Yabashi, Y. Otake, Y. Asano, T. Bizen, T. Fukui, S. Goto, A. Higashiya, T. Hirono, N. Hosoda, T. Inagaki, S. Inoue, M. Ishii, Y. Kim, H. Kimura, M. Kitamura, T. Kobayashi, H. Maesaka, T. Masuda, S.Matsui, T. Matsushita, X. Marechal, M. Nagasono, H. Ohashi, T. Ohata, T. Ohshima, K. Onoe, K. Shirasawa, T. Takagi, S. Takahashi, M. Takeuchi, K. Tamasaku, R. Tanaka, Y. Tanaka, T. Tanikawa, T. Togashi, S. Wu, A. Yamashita, K. Yanagida, C. Zhang, H. Kitamura and T. Ishikawa, Nature Photonics 2, 555 (2008).
[2] "Dissociative two-photon ionization of N2 in XUV by intense self-amplified spontaneous emission free electron laser light": T. Sato, T. Okino, K. Yamanouchi, A. Yagishita, F. Kannnari, K. Yamakawa, K. Midorikawa, H. Nakano, M. Yabashi, M. Nagasono, T. Ishikawa, Appl. Phys. Lett. 92, 154103 (2008).
[3] “Two-photon and three-photon ionization process of N2 by using intense XUV light”: T. Sato, T. Okino, K. Yamanouchi, A. Yagishita, F. Kannnari, K. Yamakawa, K. Midorikawa, H. Nakano, M. Yabashi, M. Nagasono, T. Ishikawa, Journal of Synchrotron Radiation 15, Part 5, facility information pages (September, 2008).
[4] “Injection of harmonics generated in gas in a free-electron laser providing intense and coherent extreme-ultraviolet light”: G. Lambert, T. Hara, D. Garzella, T. Tanikawa, M. Labat, B. Carre, H. Kitamura, T. Shintake, M. Bougeard, S. Inoue, Y. Tanaka, P. Salieres, H. Merdji, O. Chubar, O. Gobert, K. Tahara and M.-E. Couprie, Nature Physics 4, 296 (2008).
[5] “Generation of highly coherent submicrojoule soft x rays by high-order harmonics”: E. Takahashi, Y. Nabekawa, T. Otsuka, M. Obara, and K. Midorikawa, Phys. Rev. A 66, 021802 (2002).
[6] “XUV multiphoton processes with intense high-order harmonics”: K. Midorikawa, Y. Nabekawa, and A. Suda, Prog. Quantum. Electro. 32, 43 (2008).
[7] “10 mJ class femtosecond optical parametric amplifier for generating soft x-ray harmonics”: E.J. Takahashi, T. Kanai, Y. Nabekawa, and K. Midorikawa, Appl. Phys. Lett. 93, 041111 (2008).
[8] “Single-shot characterization of independent femtosecond extreme ultraviolet free electron and infrared laser pulses”: P. Radcliffe, S. Dusterer, A. Azima, H. Redlin, J. Feldhaus, J. Dardis, K. Kavanagh, H. Luna, J. Pedregosa Gutierrez, P. Yeates, E. T. Kennedy, J. T. Costello, A. Delserieys and C. L. S. Lewis, R. Taieb , A. Maquet, D. Cubaynes and M. Meyer, Appl. Phys. Lett. 90, 131108 (2007).
[9] “A femtosecond X-ray/optical cross-correlator”: C. Gahl, A. Azima, M. Beye, M. Deppe, K. Dobrich, U. Hasslinger, F. Hennies, A. Melnikov, M. Nagasono, A. Pietzsch, M. Wolf, W. Wurth, and A. Fohlisch, Nature Photonics 2, 165 - 169 (2008).
[10] “An experiment for two-color photoionization using high intensity extreme-UV free electron and near-IR laser pulses”: P. Radcliffe, S. Dusterer, A. Azima, W.B. Li, E. Plonjes, H. Redlin, J. Feldhaus, P. Nicolosi, L. Poletto, J. Dardis, J.P. Gutierrez, P. Hough, K.D. Kavanagh, E.T. Kennedy, H. Luna, P. Yeates, J.T. Costello, A. Delyseries, C.L.S. Lewis, D. Glijer, D. Cubaynes, M. Meyer, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 583, 516 (2007).
[11] 東京大学山内研究室ホームページ、メッセージ欄:
https://www.yamanouchi-lab.org/message/080508.html

(平成20年12月26日)