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化学教室東館竣工100周年

東京大学大学院理学系研究科 山内 薫

竜岡門から東大病院を右手に、そして、御殿下グラウンドを左手に見ながらバスのロータリーに向かって進んで行くと、聳え立つ1対のヒマラヤ杉を両脇に従えた、化学東館の正面玄関に出会う。化学東館は、その正面玄関を挟んで左右に対称に伸びる低層の建物であり、朱色を帯びた褐色の化粧タイルの壁と白く見える御影石に上下を縁取りされた縦長の窓のコントラストによって、その優雅さが強調されている。この化学東館は東京大学本郷キャンパスの最古の建物である。

東京開成学校と東京医学校の合併によって、法医文理の4学部を擁する東京大学が1877年に設立されたとき、理学部化学科は神田一ツ橋通りの旧東京開成学校校舎にあった。その8年後の1885年に本郷キャンパスの現在の医学部付属病院敷地内に移転し、その3年後の1888年には新築された東京帝国大学理科大学本館(現、理学部1号館の場所にあった。)の2階に移転した。櫻井錠二や池田菊苗らの居室と研究室もそこにあった。その後、1916年3月に、東京帝国大学理科大学化学教室が竣工すると、化学科は、その新しい建物に移転することになる。この理科大学化学教室の建物こそ、今年竣工100周年を迎える化学東館である。東京大学理学部化学教室は、この100年間、化学東館を起点として教育と研究を展開し、今なお、化学東館を居室および研究室として使っている。

化学東館は、本学の建物の中で、鉄筋コンクリートを採用した最初の建物であった。池田菊苗の基本構想をもとに、当時の東京帝国大学営繕課長であった山口孝吉によって設計された地上2階、地下1階の建物である。実は、1923年3月には、ほぼ同じデザインの地上2階の2期棟というべき建物が北側に中庭を囲むように、第1期棟(化学東館)とは独立した形で建設された。この化学北棟が完成した年の9月に東京を関東大地震が襲った。この関東大震災に際して、本郷構内の多くの建物が大破したり、火事の被害を受けたりしたが、化学東館と化学北棟だけは、軽微な損害を受けたのみで無事であったという。ドラフトからの排気による腐食を防ぐために屋根が鉛ぶきであったことが幸いし、火災を免れたと言われている。なお、現存する化学東館については、その屋根は1992年の改修の際に既設の鉛板および銅板の上に下地が組まれ、亜鉛鉄板による瓦棒ぶきとなった。また、その際、屋根の表面は薄緑色に塗装され現在に至っている。

化学東館の耐震性の高さは、2011年に東北地方を襲った東北地方太平洋沖地震の際にも証明されることとなった。化学東館には地下1階と地上2階を持つ中央の部分と、地上2階のみで地階の無い西側の部分と北側の部分があるが、それらの3つの躯体は鉄筋ではつながっていない。そのため、大地震の際、西側の地階の無い部分と中央の地階を持つ部分が別々に振動したことが目撃されている。その結果、建物の躯体には何のダメージも受けずに済んだ。

化学東館は、細部にまで行き届いた設計の下に建設されている。例えば、窓の外の窓枠の下の部分を縁取る御影石製の窓台には、雨水を下に落とすように両端が立ち上がっていて、さらに、窓台の裏面には水落とし用の溝が切られており、雨水が壁を伝わらずに下に落ちるように工夫がなされている。このような雨水対策のおかげで、外壁面は殆どメンテナンスをすることなく美観が保たれている。また、部屋の中を見ると、天井高が 4 m と高いことに驚かされる。しかも、天井の中央には円形の漆喰レリーフがデザインされており、腰壁とともに、開放的で優雅なオフィス空間が確保されている。

1936年から1937年にかけて、化学東館と北棟の部分をつなぐ部分が増築された。1962年に化学新館(現、化学本館)が建設されると、化学東館と化学北棟がつながった建物は化学旧館と呼ばれるようになり、その後20年間、1983年までは、化学教室の教育と研究の活動は化学新館と化学旧館で行われることになった。しかしながら、1982年に化学西館が建築されると、理学部7号館の建築計画に伴い、化学北棟と、化学北棟と化学東館をつなぐ増築部分は1984年に取り壊されることになる。残念ながら1923年に建設された化学北棟は、61年の使命を終えることになった。一方、より古い化学東館は、1916年の竣工当時と同じ形で残されることになった。

昭和初期の化学東館の写真を見ると、正面玄関の両脇にあるヒマラヤ杉は、まだ1階部分の天井の高さであったことが分かる。大きく育ったヒマラヤ杉は、今や、化学東館の屋根をはるか高くから見下ろしている。確かに長い月日が経過している。しかし、今だ、化学東館はその古さを感じさせない。100周年は未来への通過点である。

参考文献:東京大学大学院理学系研究科・理学部化学教室雑誌会編、「東京大学理学部化学教室の歩み」、東京大学大学院理学系研究科・理学部化学教室雑誌会 (2007)。

(平成28年11月17日)