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メッセージ

グローバルサイエンスコース開始 
− 東京大学理学部化学科全授業を英語に

山内 薫

平成26年10月2日の午前9時半、東京大学理学部1号館205号室に、7名の留学生が集まった。彼らはすでに海外にて2年間の学部教育を終え、この10月から東京大学理学部化学科3年次に編入学した「グローバルサイエンスコース(Global Science Course (GSC))」の留学生達である。編入学のオリエンテーションが始まり、教務ガイダンスの後、留学生達がそれぞれ編入学を決断した理由を熱く語ってくれた。

自然科学研究を通じて、我々は自然界の仕組みを深く理解し、その理解に基づいて技術を発達させ、毎日の生活を豊かにして来ました。当然のことながら、自然科学には国境はありません。したがって、自然学分野の議論は、世界各国の研究者が共通に使える言語によって行われています。その言語は英語です。日本の研究者が他国の研究者と交流し国際的に活躍するためには、英語によって自然科学を語り、そして、議論する力が要求されます。

東京大学理学部化学教室では、ごく普通に英語で議論をすることができる若手人材を育成するために、12年程前から、さまざまな施策を行ってきました(http://www.yamanouchi-lab.org/message/140119.html)。グローバルサイエンスコースはその流れの中にあって、必然的に開始されたコースです。

しばらく前に、日本人学生が内向きで、なかなか海外に留学しないという問題が話題になりました。グローバルに活躍する人材を育成するために学生を海外に送り出すという取り組みは、もちろん推進すべきものです。しかし、その取り組みは、日本国内の大学での学部教育の国際化とセットで議論されるべきです。普通に英語を使うことができる環境を用意し、普通に英語で議論できる人材を育成することができれば、自然に、海外に留学して学びたいという学生の数も増えていくものと思います。

また、この学部教育の国際化は、海外の学生達の日本への留学を促進することにもつながります。海外の大学の先生方に、日本への留学生の数を増やしたいという話をすると、いつも決まって、「講義が英語で行われていないのであれば学生に日本に留学することを薦めることは難しい。」という意見をいただきます。また、学生にとって奨学金や滞在費の支援が無ければ留学は難しいだろうという意見も良く聞かれます。そこで、GSCでは、講義をすべて英語で行うとともに、留学生に毎月15万円の奨学金を支給し、宿舎を無償で提供し、海外の学生が留学しやすい環境を整えました。

本年度のGSCコース生の募集では、応募者に(1)海外大学の学部課程に2年以上在学し、最低62単位を取得ていること、(2)理学に対する基礎知識を持っていること、(3)英語が堪能であること、を条件として課しました。その結果、勉学意欲が極めて高い学生が中国の大学から6名、アメリカの大学から1名応募してくれました。定員枠は5名でしたが、いずれの学生も学部2年間の成績が優秀であったことから、7名全員を受け入れることになりました。彼らは2年間の勉学の後、東京大学理学部を卒業する予定です。

今年は、GSCに参加した学科は、理学部10学科のうち準備の整っていた化学科だけですが、理学部の他の学科も順次GSCに参加していく予定ですので、理学部における英語による授業の数は年々拡大していくものと思います。また、受け入れる留学生の数は、将来は理学部全体で15人程度にまで増やしていく予定です。

講義をすべて英語で行うという試みは、今や、珍しいものではありません。しかし、特別な国際コースを設定するものではなく、既にある学部学科に編入という形で留学生を受け入れ、日本人学生と共に学ばせるという点は珍しいのではないかと思います。この「共学方式」であれば、日本人学生と留学生との会話も、普段から英語で行われることになりますし、学部時代から国際的な環境を日本人学生に提供できるというメリットがあります。また、勉学意欲の高い留学生と同じ教室で学ぶことによって、日本人学生には良い刺激となると考えられます。

留学生がせっかく日本に来たのに、英語ばかりでは日本に来た意味が無いのではないか思う方も居られると思います。講義や学生実験を英語で提供するのですが、留学生達は、日本の文化のなかで生活することになります。そのため、GSCでは、日本語の集中クラスを半年間開講し、留学生達が日本語の基礎的な能力を獲得し、日本の生活や文化に慣れるように配慮しています。

学部講義を英語にしてしまうと、「日本人学生が学ばなければならないことを深く理解できなくなってしまうのではないか」、「日本語を使ってしか表現できない内容もあるので英語を使える分野は限られるのではないか」、などと考える方も居られると思います。しかし、心配ばかりしていては前に進むことができません。「英語による講義を始める」のが先なのか、「国際的な環境を用意して学生の語学能力や先生方の英語による講義能力を十分に高いレベルにする」のが先か、という問題は、鳥と卵の問題ということができるかもしれません。GSCは、この問題に一つの回答を与えることができる取り組みです。

文部科学省は、国費外国人留学生の優勢配置を行う特別プログラムを公募しており、「外国語(主に英語)による授業のみで学位が取得でき、留学生が卒業するまでに日本語能力が上達し、日本文化に対する理解を促進するプログラム」を支援するとのことです。GSCはその方向に合致した一つのモデルを、大学の側から具体的に示したものです。我々のこのGSCの取り組みが自然科学分野のグローバル人材の育成に如何に資するかは、これからの私たちの努力にかかっていることは言うまでもありません。

(平成26年10月13日)