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メッセージ

リサーチ・アドミニストレーターの職種を確立しよう

山内 薫

昨年の年末、12月27日(金)の午後、東京大学本部より大学院理学系研究科に大変嬉しいニュースが届けられた。概算要求事項に取り上げられていた「グローバル基礎科学教育プログラム −学部後期課程の国際化モデル拠点−」が採択されたという内示があったのである。その日の夕刻、この教育事業の採択を祝うため、概算要求に当たって尽力し互いに協力した3つの異なる職種の人々が理学部1号館西棟1階の学務課の部屋に集まった。それは、財務担当の副研究科長である私(教員)と、学務課長、経理課長と数名の学務課・経理課の職員の方々(事務職員)、そして、2名のリサーチ・アドミニストレーター(URA: University Research Administrator)の方々である。

平成23年度から開始された文部科学省「リサーチ・アドミニストレーターを育成・確保するシステムの整備」事業、平成25年度から開始された文部科学省「研究大学強化促進事業」によって、URAの導入が国を挙げて進められている。「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)においても、「研究者が研究に没頭し、成果を出せるよう、研究大学強化促進事業等の施策を推進し、リサーチ・アドミニストレーター等の研究支援人材を着実に配置する。」と謳われている。文部科学省の上記2つの事業を通じ支援を受けている大学はまだ27校と少ないものの、全国のURAの人数は急速に増え、各大学が独自に雇用するURAも含めれば、平成25年の8月の段階で、その数は323人に達している。現在のところ、URAの方々は、ポスドクから転じた方、企業から転じた方、産学連携コーディネーターから転じた方が多数を占めているようであるが、博士号取得後間もない若手がURAとして職を得るケースも出てきている。今や、大学においては、教員、事務職員に加えて、第3の職種としてURAが認知されつつある。

一方で、URAがどのような職種の方々かについては、日本ではその新しさゆえに、まだ十分には理解されていないように思われる。化学と工業誌の昨年の9月号の論説(1) に紹介させていただいたように、その業務は、大きく分ければプレアワードとポストアワードに分けられる。冒頭で紹介した教育プログラムの立案や概算要求書の作成においては、私ども理学系研究科に平成24年度より配置された2名のURAの方々の協力と支援を受けた。この支援業務がプレアワードと言われる業務である。URAの方々がプレアワード業務において活躍していただくためには、さまざまなスキルが要求される。説得力のあるプロポーザルを書くことができるというスキルは当然のことであるが、そのためには、その所属する組織における教育と研究の現状についての十分な知識を持つことが要求される。

東京大学本部では、文部科学省からの委託を受けて、プレアワード業務やポストアワード業務の遂行のためにURAの方々に要求される標準的なスキルをまとめるための「スキル標準の作成」の事業を進めている。このスキル標準は、URAという職種の定義を明確にするために、すなわち、URAが単に、教員と事務職員の中間にある中途半端な職種ではなく、第3の独立した方向を持つ職種として定義するために極めて重要である。そして、このスキル標準は、URAの方々の能力を評価し、URAの方々が将来プロモーションをしていただくためにも役立つものと期待されている。

さて、このURAという職種が全国の大学において重要な職種として確立するものであるならば、現在URAの職にある方々は、将来もURAとしてその実績を積み、その能力を高め、そして、後進のURAを育成するという役割を果たして行くことが期待される。そのためには、URAの方々が、将来もURAの職に留まることができる雇用体制が存在しなければならない。ところが残念なことに、そのような雇用の仕組みは存在しないという現実がある。実際、「リサーチ・アドミニストレーターを育成・確保するシステムの整備」事業は3年間の時限のプロジェクトであり、平成23年度採択機関の場合は平成26年3月末を持ってプロジェクトが終了する。そのため、この事業で雇用された方々を引き続き雇用するためには別途予算を確保することが必要になる。東京大学においても、この事業で雇用されているURAの方々の平成26年4月以降の雇用については、各部局で予算を確保していることが前提となっているが、雇用を続けるかどうかは、それぞれの部局の判断にゆだねられている。昨年の暮れに、共に祝杯を上げていたときには、大変申し訳ないことに、2名のURAの方々の今年の4月からの雇用については、理学系研究科としては明言ができない状況にあった。

現在、日本全国のURAの方々のポジションは任期が定められている場合が殆どである。もし、URAが数年毎に次の雇用のことを心配しなければならない職種であるとしたら、URAを職業として選び大学での教育や研究を支援していきたいと思う若手人材が居るだろうか。これは深刻な問題である。ポジションに任期があるという点は、博士研究員などの若手研究者の場合にも当てはまるが、研究者の場合には、厳しい競争的環境があるとはいえ、将来は研究プロジェクトのリーダーや大学の教員などになるというキャリアパスが明確である。ところが、現在のところ、URAの方々のキャリアパスについては具体像が見えていない。これは多分に、URA事業が始まったばかりで、誰もが走りながら考えているという状況にあるためと分析できるが、任期付ポジションで、しかもキャリアパスが明確に示されないようでは、URAを魅力的な職種と思う若手人材が出てくるとは思われない。

それでは、どうすれば良いのか。一つのアイデアは、各大学が専門職種としてURAを正式に位置づけ、URAの定員枠を確保した上で将来の雇用を約束することである。その際、例えば、3段階程度の職位を設け、スキル標準に準拠した評価を踏まえて客観的な基準でプロモーションを可能にするなどの仕組みを取り入れる必要がある。この時問題となるのは、URAの方々の評価という問題である。研究者を評価する場合には、研究の独創性や発表論文の質や件数などの比較的はっきりとした指標があるが、URAの方々の評価においては、そのような客観的指標が見出しにくい。そのため、現在議論されているスキル標準がURAの方の評価基準となるかどうかについては注意深い検討が必要である。また、誰がURAの方々の能力を評価するのかという問題もある。大学の教員側にURAの方々の実績やスキルを公平に評価し査定する能力が備わっているかどうかは疑問である。大学内においてURAの職種を確保するときには、URAの方々の何を評価するのか、誰がURAの方々を評価するのかという点を解決する必要がある。

もう一つのアイデアは、URA機構(仮称)のような大学組織とは別の組織を設立し、その組織においてURAを雇用し、全国の大学や研究機関にURAを派遣するというものである。その組織においてURAを終身雇用とすれば、永続的な雇用を確保できるとともに、数年毎に別の大学に派遣先を変え、その機会ごとにプロモーションをしていくなどの仕組みを導入すれば、人材の循環の中から優秀なURAを育成して行くことができると期待される。また、スキルアップのための政府機関、資金提供機関、海外機関等への派遣等の機会を用意することも可能となろう。しかし、この場合、教育研究のために使える財源を削ってまでURA機構を設立する必要があるのかという点について、学術コミュニティーのコンセンサスを得ることが必要となろう。

これらの2つのアイデアを組み合わせた方式も可能かもしれないし、また、全く別の考え方もあるだろう。我々は、今、URAを魅力的な職種として確立するために、いろいろなアイデアを出し合い、議論を深める必要がある。どうすればURA制度を確立できるか、そして、如何にURAを育成していくか、という点について議論をすべき時である。丁度良いタイミングで、本年3月10日(月)午後に、「URAを育成・確保するシステムの整備」スキル標準/研修・教育プログラムの作成合同シンポジウムが、東京大学弥生講堂一条ホールにて開催されようとしている。日本全国の大学のURAの方々の永続的な雇用と将来のキャリアパスの確立のための建設的な議論が行われるものと期待している。今後、優秀な若手人材がURAを魅力的な職種として選び、その結果として大学における教育研究の支援体制がより強力なものになることを願っている。

(1)山内 薫、「リサーチ・アドミニストレーターを活用しよう」、化学と工業、66巻9号、 699 -700頁、2013年。

(平成26年2月7日)
このメッセージの内容は、「化学と工業」誌、第67巻、2014年3月号、187-188ページに「論説:リサーチ・アドミニストレーターの職種を確立しよう」に掲載されている。