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過去のメッセージ

来たれ播磨へ!− 欲しくらばやろう 働いてとれ

東京大学大学院理学系研究科
山内 薫

確か昨年(2007年)の2月の頃のことですが、播磨にありますX線自由電子レーザー (Free Electron Laser) 施設を見学させていただく機会がありました。ちょうど、真空紫外(Vacuum Ultraviolet;VUV)領域から極端紫外(Extended Ultraviolet;XUV)領域の波長をカバーできるXFELのプロトタイプ機の運転が始まったばかりで、その装置の性能のチェックが行われている段階でした。このプロトタイプ機は、VUV~XUV領域の光を極めて強く出すことができる光源装置で、2010年に完成が予定されている硬X線領域の光源、すなわち、XFEL の本機の建設に向けた、その試作機として建設されたものです。

ちなみに、VUV光とは、一般的には、波長が200nmよりも短く、10nm位までの光を指しますが、その短波長側はXUV光とも呼ばれ、軟X線と呼ばれる領域につながっていきます。波長が10nm程度よりも短い波長域は、X線と呼ばれますが、特に、0.1nm(1オングストローム)程度にまで短くなりますと、硬X線と呼ばれます。硬X線の領域の光は、X線回折による結晶構造の決定やレントゲン写真の撮影に用いられています。どこまでの波長領域をVUV光と呼んで、どこからをXUV、そして、軟X線と呼ぶべきかという約束事については、研究者のコミュニティー毎に多少のばらつきがあるようです。

さて、見学会の後、我々は瀬戸内海沿いの漁港のある小さな町の割烹にて、夕食をとりながら、将来の XFEL研究について議論したのですが、割烹の2階の広間のふすまには、妙に頭に残る歌が大きく書いてありました。それは、
  野に山に 宝積みにし 無盡蔵 欲しくらばやろう 働いてとれ 
というものでした。ふすま2面の全体に書かれていた「書」の勢いはたいそうなもので、播磨の野山には莫大な宝が埋蔵されているので、誰かそれを欲しいと思うものは、一生懸命働けば、それを自らのものにすることができるぞ、と播磨の土地の神様が伝えくれているように読み取れました。当然、我々は、自らをこれに重ね、播磨でXFELを使えば、いくらでも自然科学のフロンティアが開拓できるぞ、そのためには、努力を積み重ねよ、というメッセージと受け止めた次第です。

この播磨の地でのプロトタイプXFELおよび本機XFELの建設に当たっては、今日に至るまで、理研播磨のXFEL推進本部の研究者、技術者の方々は大変なご努力をされ、できるだけ早い時期にプロトタイプ機が安定に動作するようにと、昼も夜も働いてこられたと聞いています。そのおかげで、今や、50nm付近で輝度の高いFEL光が、ユーザーグループに提供されるようになりました。そして、本機XFELの建設も急ピッチで進められていると聞いています。

見学会があった頃、私の研究グループでは、高エネルギー加速器研究機構の柳下明先生、原子力研究開発機構の山川考一先生、慶應義塾大学の神成文彦先生、理研和光の緑川克美先生、NTT物性科学研究所の中野秀俊先生との共同プロジェクトとして、XFELの利用研究に取り掛かったところで、佐藤尭洋君を大阪大学から研究員として迎え、私の研究室の沖野友哉君とともに、この極めて強い光源を使って、如何にして、短波長領域の強光子場科学に取り組むかについて議論を重ねていました。

実は、光の波長が短くなりますと、強光子場領域の現象を起こすためには、波長が長いときに比べて、光の電場強度をさらに大きくする必要があります。例えば、800nm付近で強光子場とみなせる光の電場強度は10の14乗W/cm^2以上ですが、60nm付近で強光子場とみなせる光の電場強度は、10の16乗W/cm^2以上となります。この辺りの理論的な背景については、例えば、Progress in Ultrafast Intense Laser Science (Springer 社から出版されているChemical Physicsのサブシリーズ)の第3巻(2008年3月に刊行)のHoward Reiss 先生が書かれた 第1章Foundations of the Strong-Field Approximationに、分かりやすい解説があります。これまで、我々を含め多くの研究者が、主に、近赤外領域のうちの短波長側(1000~800nm)や、可視光の領域(700~400nm)において強光子場科学研究を進めてきました。確かに、光の波長がVUV~XUV領域にまで短くなったときの強光子場科学の研究は大変魅力的でしたが、それを行うことは事実上不可能だったのです。その理由は、十分に高い光の電場強度を達成することができる光源が無かったためです。

昨年の時点で、XUV域の60nm付近で、最も高い電場強度を達成していたのは日本の理研和光の緑川克美先生の研究チームです。緑川先生のグループでは、超短パルスレーザー光を用いて高次高調波を発生させ、60nm付近で10の14乗W/cm^2の電場強度の達成していました。実際、緑川先生の研究室では、Heの2光子吸収の観測に成功し、また、その後、私の研究室と共同で、窒素分子の2光子吸収による2重イオン化過程を観測し、分子を用いたアト秒パルス列のキャラクタリゼーションにおいて世界の先陣を切りました。(アト秒とは、10のマイナス18乗秒のことで、フェムト秒の1000分の1を表します。)この緑川先生の開発された高輝度高次高調波発生技術とその応用についても、先程ご紹介したProgress in Ultrafast Intense Laser Science IIIの第10章に分かりやすい総説が掲載されています。これは、緑川先生ご自身が、緑川研の鍋川康夫様とともに、Nonlinear Multiphoton Process in the XUV Region and its Application to Autocorrelation Measurementと題して執筆されたものです。実は、世界中の他の研究グループが、緑川先生が開発した技術を採用して、現在、高次高調波の高輝度化を試みていると聞いています。

ところが、その緑川研の光源を使っても、VUV~XUV領域での強光子場を生成することは難しいのが現状で、強光子場領域に届くためには、さらに2桁程度、光の電場強度を増強させる必要があります。一方、理研播磨のプロトタイプXFEL 光を用いれば、60nm付近で光の電場強度として、10の16乗W/cm^2を達成することが可能とされており、VUV~XUV領域における強光子場科学研究が、プロトタイプXFEL光によって格段に進むものと期待されている訳です。

我々は、昨年から今年にかけて、理研播磨の石川哲也先生(センター長)、矢橋牧名先生、永園充様、そして、プロトタイプXFEL機の運転をしてくださった多くの理研の研究者、技術者の方々のご支援を受けて、高輝度プロトタイプXFEL光と分子の相互作用の研究を推進して来ました。そして、昨年11月に、窒素分子に波長50nmのプロトタイプXFEL光を集光照射し、2光子吸収してはじめて生成する2価の窒素分子イオンN_2^2+がN^+とN^+に分裂するクーロン爆発過程の観測に初めて成功し、N^+の生成量が光強度の増加に対して2次の依存性を持つことも確かめ、2光子吸収が起こったことを証明しました。さらに、N^2+についても検出し、3光子吸収が起きたことも示すことができました。

この研究成果に基づいて我々がまとめた論文は、先月(4月)14日にApplied Physics Letters誌に掲載され、その記者発表を東京大学と理化学研究所の合同で、翌15日に東京大学理学部1号館にて行いました。これについては、東京大学大学院理学系研究科ウェブサイトに「極短波長FEL光によるN_2の2光子・3光子イオン化過程の観測に成功!」と題して、詳しく報告されています。

我々のこの論文は、プロトタイプXFEL機を用いた利用研究の第1号のものであると同時に、VUV~XUV領域の強光子場科学の第一歩を記すことができた、という意味を持つ極めて重要な報告であると思っています。これも、理研播磨の皆様のご支援の賜物です。そして、播磨に何度と無く出かけ、準備を重ね実験を遂行してくれた佐藤君のおかげです。力強くご支援をしてくださった理研播磨の皆様に厚く御礼を申し上げるとともに、佐藤君の努力を称えたいと思っています。

また、我々の論文発表には、播磨のプロトタイプXFEL光源が分子科学研究への応用に十分な性能を持つことを具体的に示したという意義もあり、XFEL研究を行いつつあるドイツや米国を中心とする諸外国の研究者にもインパクトを与えたものと思います。我々に続いて、日本の他のユーザーグループが播磨のプロトタイプXFEL機を用いて、それぞれ独創的な研究を展開されることを祈っています。

我々は現在、今回の研究成果を踏まえ、さらに先を目指して努力をしているところです。今年度(平成20年度)は、東大からは、佐藤君、沖野君に加えて、超高速強光子場科学研究センターの岩崎純史君も参加し、将来のXFEL本機を用いた利用研究についても見据えながら、柳下先生、山川先生、神成先生、緑川先生、中野先生のグループとともに、プロトタイプXFEL光を用いた基礎研究を推進しています。「欲しくらばやろう」と播磨の国の神様が仰っているうちに、「無尽蔵にあると言われる知の宝」を探して行きたいと思っています。

(平成20年5月5日)