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第4回AECシンポジウムに寄せて(平成18年度)

進化するAcademic English for Chemistry

山内 薫
東京大学大学院理学系研究科・教授

今から5年も前のことになりますが、何かの委員会が駒場であり、夕刻、井の頭線のホームに下りると、高田康成先生がホームで電車を待っておられました。当時、われわれ化学専攻では、21世紀COEプログラムを秋から開始することになり、大学院の博士課程の英語演習の内容を設計する必要に迫られていました。ご一緒に電車に乗って、渋谷までのほんの短い時間でしたが、高田先生にわれわれのアイデアをお伝えし、ご助言をいただきたいとお願いいたしました。

私は、10年前に本郷に移るまで、スタッフとして12年間駒場キャンパスに籍を置いていました。特に、助教授として研究室を主宰させていただいた後半の7年間には、学部内のさまざまな委員会に出席する機会が頻繁にあり、理系だけでなく文系の先生方とも知り合うことができるという恵まれた環境に居りました。そして、教養学部から総合文化研究科に移行する大学院重点化の時期に、当時学部長付と呼ばれた学部長補佐として、学部長室中心の大事業をお手伝いすることとなり、また、今は無い駒場寮に関わる問題など、さまざまな難問を、教職員一同、力を合わせて解決しようと努力しておりましたので、友達と申し上げては年長の先生方に失礼ですが、当時、先生方の間には何かそのような友達どうしのような一体感がありました。理系で化学が専門の私が、英語教室の高田先生を存じ上げていたのも自然なことでした。

高田先生は、直ちにわれわれのプランを高く評価してくださいまして、御自身もパイロットプログラムの段階ながら、アカデミックライティングのプロジェクトの構想があり、共通の問題意識があるので、理系の学生へライティング重視の教育プログラムに協力してくださると仰いました。われわれは実に幸運でした。その後、何度も高田先生を駒場にお訪ねし、われわれの英語プログラムについて相談に乗っていただきました。そして、高田先生のご紹介で、Tom Gally 先生と岸本久美子先生にお目にかかり、大学院理学系研究科化学専攻において、Academic English for Chemistry のパイロットプログラムを開始することになりました。このパイロットプログラムでは、当時の化学専攻の大学院博士課程の学生から希望者を募り、その学生たちが第1期のAEC 授業受講生となりました。

パイロットプログラムは、お二人の先生のご協力で大変うまく進み、受講学生からの評判は大変良いものでした。Gally 先生は文系と理系の両方の修士の学位をお持ちの方で、辞書の編纂のお仕事をしておられる方でしたし、岸本先生は日本語教育について実績のある方で、お二人のグループ授業は、半年という短いものでしたが、受講した大学院生の英語作文能力の向上に大変役立ちました。

パイロットプログラムを進める一方、われわれは、博士課程1年生のための本番のプログラムの授業計画を通年で立てる必要がありました。Gally 先生が参加してくださることは決まっていましたが、化学専攻博士課程の大学院学生は、1学年で、ほぼ30人ですので、ライティングの授業の場合、文章を学生に書かせ、それを添削して返却するなどの仕事をお願いする場合、クラスあたり10人程度の少人数とする必要があり、そのため、少なくとも、英語の授業を担当してくださる方3名必要でした。はじめは、飯田橋付近のある語学学校で教えている講師の先生を、その語学学校から派遣してもらうことも考え、高田先生とGally 先生と私の3人で、交渉に行ったのを覚えています。しかし、その語学学校は、用いる教材のすべてをその語学学校で作るものとしなければ協力しないという姿勢でしたので、あきらめることになりました。その後、高田先生が、Nick Williams 先生と Tim Wright 先生を紹介してくださいまして、2003 年 4 月より、3人の先生による AEC 講義が始まりました。

われわれの取り組みは、新聞でもたびたび大きく取り上げられ、理系大学院学生の英語能力の向上のための理想的な取り組みとして紹介されました。それに刺激されてか、日本全国の21世紀COEプログラムでも理系大学院学生のためのさまざまな英語教育プログラムが始められたと聞いています。われわれのプログラムは順調に進みました。その後、Williams 先生の代わりにAndy Fitzsimons 先生が加わり、Gally 先生が昨年の4月から、特任助教授として駒場に移られることになり、Melinda Hull 先生が来られました。そして、David Taylor 先生が加わってくださって、この3月に、第5期生を送り出すことになりました。これまで、この授業を受講した学生たちからは、授業が大変役に立ったという嬉しい感想が寄せられてきました。これも、高田康成先生と、真剣に授業を担当してくださった英語講師の先生方のおかげと、大変ありがたく思っております。

われわれは、ここで一区切りをつけることになりました。それは、われわれ化学専攻の21世紀COEプログラムが、その期間を来る3月末に終えることになるからです。Wright 先生の金曜早朝のスターバックス授業は、大変好評と聞いています。その時間には、以前受講した学生も卒業生として参加しに来るとのことです。この課外授業も、残念ながら4月からは、しばらく休講になるかと思います。しかし、われわれは、現在、次にはじまるグローバルCOEプログラムにおいて、われわれの提案が認められるように最大限の努力をしているところです。われわれのプロジェクトが採択されれば、大学院博士課程の学生のために、より進化したAEC プログラムを用意したいと考えています。

高田康成先生が、名著「キケロ」(岩波新書)にて、キケロの著作である「弁論家について」の引用をしながら述べておられように、多くを書く、すなわち、たくさんの文章を書くという作文の訓練を行わなければ、上手に話すことはできません。私は、われわれのAECプログラムを受講した大学院理学系研究科の化学専攻を中心とする学生たちが、しっかりとした英語の文章を書く鍛錬を続け、論文を学術雑誌で発表するだけでなく、国際シンポジウムなど、さまざまな学術交流の機会に、他の研究者と議論し、国際的な研究者コミュニティーのリーダーとして活躍してくれることを切に願っています。

(平成19年2月16日)