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第2回AECシンポジウムに寄せて(平成16年度)

驚嘆するためのAcademic English for Chemistry

山内 薫
東京大学大学院理学系研究科・教授

宇宙船Cassiniから土星の衛星Titanに送り込まれた探査機Huygensが、鮮明な映像を地球に送ってきました。これは今年初め(平成17年1月14日)のことです。一連の写真に見ることができるTitanの地表の形態は、極低温の世界でメタンなどの液体が河川を形成していることを示唆しているといえます。われわれ人類にとっての知の最前線が、また一つ大きく前進した瞬間です。

これはまさに、すべての人が生まれながらにして持っている知への希求が、見るという観測によって満たされたときの、われわれのthaumazein(驚嘆する)とうい知的興奮の瞬間です。ESA(European Space Agency ), NASA(National Aeronautics and Space Administration), ISA(Italian Space Agency)の共同事業であるCassini-Huygensミッションに関わった研究者と技術者が、如何にこの成果に驚き感激したかは、同じく知のフロンティアを開拓するものとして、想像に難くありません。

このニュースは、Academic English for Chemistryといくつかの接点を持つように思います。一つには、新しい試みや企画を実現させるという点において、そして、もう一つは、国際協力の重要性という点においてです。

宇宙開発の計画と比較するのは多少大げさかとは思いますが、化学専攻で平成14年11月よりはじめられたAECは、やはり冒険的な色彩の強い計画でした。大学院博士課程1年次のすべての大学院学生に、通年週2 コマで小人数( 約1 0 人) のAcademic Englishの講義を用意するという、前例の無い英語指導が成功するか否かは、パイロットプログラムまで準備して用意周到に始めたものの、平成15年度が終了するまでは、はっきりとは分かりませんでした。しかし、4名の英語講師の先生方、Tom Gally先生(翻訳家・辞書編纂家)、Nicholas Williams先生(埼玉工業大学教授)、Timothy Wright先生(大妻女子大学教授)、Andrew Fitzsimons先生(東京大学非常勤講師)のご尽力・ご協力、そして、21世紀COEプログラムのメンバーの先生方のご支援のおかげで、このプログラムは学生達にとって、極めて良い教育効果を挙げることができました。その成果は、昨年の第1回Symposium on Academic English for Chemistryにおける学生たちの発表に如実に現れました。

このAECの取り組みは、21世紀COEプログラムの中間評価でも、極めて高く評価され、理系大学院における英語教育の手本という評価をいただくことができました。これは、われわれにとっては予想外の大変うれしい出来事ですが、教育プログラムとしては、ここで終わりということはありません。言ってみれば、冒険的航海の途中に過ぎません。最終的なゴールを見極め、その領域に到達し、そこに現れる真の教育の成果に「驚嘆する」ことができるよう、われわれ一同、一層の努力をすることが大切であると思っています。

さて、もう一つの点ですが、先のCassini-Huygensミッションに現れているように、近年の科学・技術の領域に国境はありません。国際的な枠組みでの協力が、知の先端に迫れば迫るほど大切になってきます。欧州とアメリカが協力することによって、資金的に有利となるばかりでなく、研究者・技術者レベルでの議論や協力が、プロジェクト前進の大きな推進力になったに違いありません。その際、そこに関わる科学者や技術者が通訳を通してだけしか会話ができないとすれば、また、翻訳してもらわなければ書類が読めないとしたら、あるいは、翻訳してもらわなければ相手に分からない書類しか書けないとしたら、そのような国際協力の舞台で、十分にその役割を演じることができるでしょうか。

現時点では、そのような場では、英語が国際通用語となっています。したがって、英語という一つの言語さえマスターすれば、国際的な枠組みでの活躍の場が一段と広がるという訳ですから、これは歓迎すべき状況であると考えられます。私どもの21世紀COEプログラムが掲げる大きな目標の一つに、国際的に通用する若手研究者の育成があります。本AECプログラムが、そのために果たすべき役割は大きく、これからのAECプログラムの充実は、人材育成にとって、ますます重要な課題となっています。今後、日本の若手研究者が国際プロジェクトに参加する機会がますます増えるものと思います。その際、彼らのより多くが、他の国々の科学者・技術者とともに、「驚嘆する」という瞬間を共有して欲しいと思っています。

平成16年度は、Gally先生、Wright先生、Fitzsimons先生の3名の先生方が、シラバスをバージョンアップして、新たな試みを交えながら学生たちの英語能力の向上に努めてくださっています。この第2回Symposium on Academic English for Chemistryの企画と準備はすべて、学生達が英語を使って自主的に行っています。彼らの企画するシンポジウムをご覧になれば、平成16年度において学生たちが、AECプログラムから、得るべきもの以上のものを得たことがお分かりいただけると思います。

高田康成先生(本学総合文化研究科・超域文化科学専攻教授)には昨年度に続き、本プログラムにご協力をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。私どもは、今後も、より良いAECプログラムの実現に努めていきたいと思っております。化学専攻ならびに理学系研究科の皆様には、これまで同様、またこれまで以上に、本プログラムへの御支援とご協力をお願いする次第です。

(平成17年2月4日)