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第1回AECシンポジウムに寄せて(平成15年度)

理系アカデミックライティング講義への新しい試み

山内 薫
東京大学大学院理学系研究科・教授

化学専攻では、「どのような教育プログラムを導入すれば、理科系大学院学生が質の高い英語論文を書けるようになるのか?」という難問への解答を見出すために、平成14年11月より、Academic English for Chemistry (AEC) の講義を開始いたしました。そして、パイロットプログラムの施行の後、平成15年度からは、博士課程1年次のすべての大学院学生に、通年週2コマで小人数(約10人)のAcademic Englishの講義を用意するという、前例の無い英語指導を行って参りました。この小冊子に掲載された学生たちのエッセー、そして、平成16年3月12日(金)に開催されるSymposium on Academic English for Chemistryにおける学生たちの発表や質疑応答をご覧いただければお分かりになると思いますが、このプログラムは期待以上の成果をあげることができました。

まず、このAECプログラムを実現するにあたって御尽力・御協力いただきました4名の英語講師の先生方、Tom Gally先生(翻訳家・辞書編纂家)、Nicholas Williams先生(埼玉工業大学教授)、Timothy Wright先生(大妻女子大学教授)、Andrew Fitzsimons先生(東京大学非常勤講師)、に御礼申し上げます。特にGally 先生は、ウェブサイトや電子メールを活用して学生への連絡をされる一方、私達化学専攻の教官と連携を取りながらプログラム全体の運営にあたって下さいました。そして、これらの先生方にお願いするに際して、お力添えを下さった高田康成先生(本学総合文化研究科・超域文化科学専攻教授)に感謝申し上げる次第です。もとより、高田先生が、私達のプログラムの趣旨を良く理解して御協力下さらなければ、このプログラムは成立し得ませんでした。また、パイロットプログラムの際には岸本久美子先生(日本語教育家)にもご助力をいただきありがたく思っております。

今から2年前のことになりますが、化学専攻では、岩澤康裕教授を拠点リーダーとする21世紀COEプロジェクト「動的分子論に立脚したフロンティア基礎化学」の採択が決まり、専攻をあげてその準備に取りかかっておりました。私は、中村栄一教授とともに「国際化英語教育」の担当となり、大学院の博士課程の学生にアカデミックライティングを教えるための方策を検討いたしました。このような企画が導入された背景には、理科系の大学院学生が、将来第一線で活躍する研究者・技術者となるためには、正しい英語でしっかりと論文を書くことが必須であるという状況があります。また、質の高い英語でロジカルな論文原稿を書ける大学院生を育てないことには、私達教官が英語の添削で時間を費やすという嘆かわしい状況を脱することはできません。

さて、この英語プログラムを博士課程の学生を対象として開講することがどれだけ効果を上げるのかという点については、シラバスをどのように組むかという技術的な問題の前に、そもそも学生がその必要性を感じるかどうかという問題がありました。確かに、理科系の学問分野においては、具体的な研究の成果が問われるのであって、その媒体として、どの言語をわれわれが使うかは、二次的な問題でしかない訳です。しかし、必要性という観点から言えば、博士課程1年次は学生にとって実は丁度良い時期であるように思います。その頃は、多くの学生が自分の研究成果を論文の形にまとめる時期でもあり、また、国際会議に出席する機会もあり、まさに、英語でのアカデミックライティングや発表能力の必要性を実感している時期とほぼ一致すると考えられるからです。その時期に、正しい英語の使い方を教えることは、極めて効率が良いと考えられます。

上記4名のAEC 英語講師の先生方は、そのような背景を大変良く理解して下さいまして、さまざまな試みを通じて、第1年目のAEC講義をご担当下さいました。学生からは、アカデミックライティングばかりでなく、口頭での発表の仕方など、verbal な面に関しても指導して欲しいという要望もありました。また、「建設的な議論」の訓練も受けたいという声があったと聞いています。講師の先生方もその声に耳を傾けながら、学生のニーズに応えようと努力してくださいました。もちろん、限られた時間で、学生にすべてを教えることはできませんし、そもそも語学の能力が1年間で急に上達することは、むしろ稀であると考えられます。しかし、この講義を受講することを通じて、学生の一人一人が、「英語に限らず言語というものが,自然科学の研究において如何に大切であるか」を認識したとすれば、このプログラムの目標の半分は達成されたと言えるでしょう。

このAEC講義で学生に学んで欲しい技術、すなわち、論理の通った発表を論文を通じて、また、学会において行うことは、日本人学生や、英語を母国語としない外国人学生だけでなく、英語を母国語とする外国人学生にとっても、学ぶべきものと考えられます。私達は、このAEC講義を通じて、理科系の大学院学生のニーズに応えるとともに、将来、国内外を問わず世界を舞台に縦横無尽に活躍する研究者を一人でも多く育てるための努力して行きたいと考えております。この21世紀COEプログラムを契機に始まった私達の活動は、日本における「理科系英語教育」のための新たな形の提案と言うことができそうです。

この1年間、博士課程1年生の大学院学生諸君の多くが、週2回の早朝からのAEC講義に積極的に取り組んで、多くを吸収してくれました。このことは、プログラムの実現に努力した私達にとって、大変嬉しいことでした。来年度は、今年度の経験を生かして、より良いAECプログラムの実現に努めていきたいと思っております。化学専攻ならびに理学系研究科の皆様には、これまで同様、またこれまで以上に、本プログラムへの御支援とご協力をお願いする次第です。

最後になりますが、化学専攻事務室、理学系研究科等事務部の皆様には、私達の新しい企画を実現するに当たって惜しみない御協力をいただきました。この場をお借りして御礼を申し上げます。

(平成16年2月27日)